乗馬・馬術

乗馬をすると競馬のパドックで勝ち馬がわかるのようになるの?

こんにちは。
馬が大好きなあけるなるです。

馬に乗っていたというと、必ず聞かれることのひとつに

競馬のパドック見て勝つ馬がわかるんじゃないの?

という質問があります。

まあ、競馬好きの人なら聞きたくなるわな、という質問ですよね。

今日はこの疑問に答えたいと思います。

結論から言うと「勝つ馬はわかりません。」

でも、わかることもあります

それを順を追ってご説明したいと思います。

なぜ勝つ馬がわからないのか

私も乗馬を始めたころは、馬場を歩いている馬がどの馬(名前)なのかわかりませんでした。

全て同じに見えるんですよね

毛色ぐらいの違いぐらいしか分からなったかったです。

でも、馬たちと一緒に過ごしていると、どの馬が誰なのか、見た目や、歩き方でもわかるようになってきます。

乗馬をしていれば、世話もしますから、当然、近くでみるわけですし、さわることもあります。

普通に生活をしている人たちよりも、沢山の馬を見ます。

ですから、一般の方より馬を見る目は養われるのかもしれません。

といっても相馬眼(そうまがん=競馬で走る馬を見つける眼)があるわけではないです。

普段面倒を見ている馬たちの見分けがつくぐらいでしょうか。

さて本題、

競馬のパドックを見れば勝つ馬がわかるんじゃないの?

という問いには、私はいつもこう答えています。

「わからないよ」

そして、次のように話ます。

まず、競走馬ってなんだろうと考えてみてください。

そうです、競馬の馬はどの馬も厩舎で速く走るためのトレーニングされている、いわばアスリートですよね。

パドックにはアスリートが並んで歩いているわけですよ

ここでイメージしてみてください。

例えば、ここは、高校生の陸上競技の全国大会の会場です。

あなたは、ふらっと立ち寄っただけで、選手を一人も知りません。

各競技を行う高校生の中から誰が優勝するか当てられますか?

強豪校の選手だとか、予選順位で決まるレーンなどの情報を除いた場合、

身長や体つきの違いで判断するしかないと思いますが、誰が一番速いかなんて分からないですよね。

だって、みんな鍛え上げられたアスリートですから

見た目で能力の判断なんてできないと思うんです。

一人だけメタボのサラリーマンが混じっていたらその人が勝たないことは分かりますがね。

競馬のパドックもおなじなんですよ。

みんな鍛えられたアスリート、ましてや、自己条件を勝ち上がって集まった馬たちの能力に大きな差はありません。

そんな馬たちを見るだけて、勝つ馬を当てるなんて絶対無理なんですよ、と。

逆に競馬のパドック解説者はすごいなぁと思います。

よくわかるなぁと。

もし、私の気づいていないことに気づいているなら本当に尊敬の眼差しです。

できれば、ゼッケンなしで、馬の名前や成績・人気などの先入観なしにみてもらいたいですけどね。

ということで、勝ち馬を見つけることができない理由はお分かりいただけたでしょうか。

わかるかも知れないこと

さて、勝ち馬はわからないといいましたが、わかるかもしれないことはあります。

例えば、体調が悪いとか、足の調子が悪そうといったことは、見た目からわかることもあります。

よく言われる、毛づやとか、踏み込みとかですよね。

でも、これも、絶対的な評価です。

つまり今その馬がどう見えるか、ということでしかないのです。

どう言うことかというと、毛づやが悪く見えても、冬毛が残っているだけだったり、

踏み込みが悪く見えても、以前より格段に改善しているかもしれないのです。

毎日見ている馬なら、今日は調子がよさそうだとか、最近元気ないとかわかると思います。

でも、今日初めて見た馬の状態が普段と比べて相対的に状態が良いか悪いのかは分かりません。

ですから、パドックで馬を見ても、分かることは限定的なのです。

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まとめ

いかがでしょうか。

馬に乗っていたというと、必ず聞かれること「競馬のパドック見て勝つ馬がわかるんじゃないの?」

という質問について、お答えしました。

この記事が皆様の何かの役に立てば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

ABOUT ME
あけるなる
自然・動物・宇宙が好きです。あることをきっかけに人生観が大きく変わりました。仕事人間だった私が、今は、仕事はそこそこに人生を楽しんでいきたいと思っています。このブログでは、自分が知らなかったことや体験したことを中心に好きなことを発信していきたいと思います。 ニックネームは、エリダヌス座の1等星の名前が由来です。日本ではあまり見ることができない星です。 アラビア語で「河の果て」という意味のようですが、人生の目標の果てにたどりつきたいという願望と、「明ける・成る」という当て字もイメージして、新たな人生が明るく、楽しいものになってほしいとの気持ちを込めました。